旅と映画

行ったところと観た映画の個人的な記録

2022-11-01から1ヶ月間の記事一覧

「ペルシャン・レッスン 戦場の教室」

キノシネマ天神で、ヴァディム・パールマン監督の「ペルシャン・レッスン 戦場の教室」を鑑賞。物語は第二次世界大戦中、ドイツ兵に射殺されそうになったユダヤ人の青年・ジルが、とっさに「自分はペルシャ人だ」と嘘をついたことから始まる。兵士たちはジル…

「土を喰らう十二ヵ月」

中洲大洋で、中江裕司監督の「土を喰らう十二ヵ月」を鑑賞。水上勉の随筆が原案だ。妻に先立たれ、ひなびた山奥の農家で畑仕事をして暮らしている老作家のツトムを沢田研二、ツトムの担当編集者で年の離れた恋人の真知子を松たか子が演じている。 なんとも豊…

松代大本営を訪ねる6.[松代大本営と戦後]

帰りに長野駅前で、Mさんから小さな石碑を教えられた。表には「日朝親善 恒久平和」、側面に「友愛」の文字が見える。1960年に在日本朝鮮人総連合会の長野県本部が建てたものだ。 松代大本営の建設工事は日本の敗戦とともに中断されたが、朝鮮人労働者みな…

松代大本営を訪ねる5.[賢所と「純粋日本人」]

賢所の造営にあたり、宮内省からはもう一つ注文が出ていた。それは掘削は「純粋日本人の手による」というものだった。 松代大本営の建設工事には、様々な人が動員されている。計画から調査、設計までを行ったのは陸軍省軍務局や兵務局だが、実際の工事にあた…

松代大本営を訪ねる4.[松代大本営と天皇制]

強制立ち退きはこれだけにとどまらなかった。翌1945年4月、今度は西条村の村民124世帯に立ち退きが命じられた。軍から長野県知事に対し要請があり、さらに知事から西条村村長に「軍の施設を作る」という名目で協力が求められたのだった。 求められた協力と…

松代大本営を訪ねる3.[なぜ松代だったのか]

松代象山地下壕まではJR長野駅からバスで約30分。松代八十二銀行前で下車して、さらに20分ほど歩く。東京はまだ晩秋の気候だったが、長野は既に冬を思わせる冷たい風が吹き始めていた。 大本営の移転を最初に提案したのは、陸軍参謀の井田正孝少佐である。…

松代大本営を訪ねる2.[松代大本営とは何か]

松代大本営については、先の記事で「アジア・太平洋戦争末期、敗戦色も濃厚となった1944年から45年にかけ、長野県埴科郡松代町(現長野市松代町)に作られた地下軍事施設群」と書いた。これについてもう少し詳しく見ていこう。 まず、「大意本営」とは天皇直…

松代大本営を訪ねる1.[まずは神楽坂など]

11月中旬、長野県を訪ねた。金子文子が縁で知り合い、その後伊藤野枝や前田卓(つな)の墓を一緒に訪ねた、SさんとMさんのお誘いである。目的地は松代象山地下壕。「松代大本営」といった方が、通りは早いだろう。 松代大本営とはアジア・太平洋戦争末期、…