旅と映画

行ったところと観た映画の個人的な記録

「Firebird ファイアバード」

 KBCシネマで、ペーテル・レバネ監督の「Firebird ファイアバード」を鑑賞。1970年代、旧ソ連占領下のエストニアを舞台に、男性同士の恋愛を描いた美しい作品だ。

 主人公セルゲイは兵役中の青年だ。彼が服務している基地に、将校のロマンが配属されてくるところから物語が始まる。知的で洗練された雰囲気を持つロマンは、俳優を夢見るセルゲイを劇場に連れて行くなど、上官と兵卒という立場を超え親身に接する。二人が互いにひかれあうようになるまで長い時間はかからなかったが、同性愛は刑法による取り締まりの対象だった。男性同士の性行為は5年以上の禁固刑だ。

 同性愛が違法であったエストニアでは、単に法律で罰せられるにとどまらず、「悪」とみなす風潮が強かったという。映画の中でもセルゲイとロマンには、むき出しの悪意がぶつけられる。それでも若いセルゲイはひたむきにロマンを愛そうとするが、年長のロマンは保身に走る。セルゲイの親友である女性のルイーザと結婚するのだ。深く傷ついたセルゲイは、ロマンのことを忘れようとするが忘れられない。また、ロマンもルイーザと結婚していながら、セルゲイへの気持ちを抑えられずにいた。

 悲しい物語だ。エストニアの美しい風景が、その悲しみに拍車をかける。人と人とがひかれあい、愛しあうことが異性であれば祝福されるのに、同性であれば差別や偏見にさらされる。

 この映画は、本国エストニアでは2021年に劇場公開され、非常に大きな反響を呼んだ。レバネ監督は2010年頃から友人らと婚姻の平等を実現するための活動を行っているが、映画のヒットは追い風となり、2023年にはエストニア国会で同性婚を法制化する家族法修正案が可決された。今年の3月から施行される。

 対し、かつてエストニアを支配していたロシアでは、「非伝統的」な性的指向に関する情報拡散やデモが禁止されるなど、今なおセクシャルマイノリティに対する厳しい弾圧が続いている。映画では字幕の形でロシアのこうした動きにも触れ、プーチン政権を批判している。

 翻って、日本ではどうだろう。「結婚の自由をすべての人に」を合言葉に、2019年から全国5地裁で6件(札幌、名古屋、大阪、福岡が1件、東京が2件)の同性婚法制化を求める訴訟が行われている。2024年3月の時点で、同性間の結婚を認めないことを「合憲」と判断したのは大阪地裁の1件のみで、他の地裁では「違憲」もしくは「違憲状態」との判決が出ている。にもかかわらず政府は「注視する」などの表現にとどめ、法制化に取り組もうとしない。また、与党の議員による「(同性愛者は)生産性がない」との差別発言も、まだ記憶に新しいところだ。

 果たしてこの映画を、「過去の悲しい物語」と消費できうるのだろうか。