村木源次郎
東京滞在最終日。帰りの飛行機の便まで時間があるので、国立国会図書館へ行く。国会図書館へは、2019年9月に東京に来た際、やはり最終日によろうとしたらその前の晩に関東地方に台風が上陸。これが大変な被害を出し、各地で交通網がマヒするなどして駅で2…
今回の主な目的地の一つが横浜である。横浜に行ってみたいと思ったのは、有名な中華街を歩いてみたいから。単にそれだけなのだが、折角行くのであればもう少し別の場所も訪ねたい。それで思い出したのが村木源次郎である。 村木は1890年横浜で生まれ、少年時…
お正月が明けて間もない週末、東京に行く用事があったのでついでに鎌倉に足を延ばしてきた。今回は個人的な旅行ではなく複数名での東京滞在だったが、1月24日の命日を前に、一人で村木源次郎の墓に手を合わせに行くこととした。 村木源次郎(1890~1925)は…
和田久太郎と村木源次郎が、陸軍大将・福田雅太郎を暗殺しようとしたのは、1924年9月1日のことだった。関東大震災からちょうど一年後のこの日、福田は本郷区菊坂町の長泉寺で講演をする予定となっていた。講演会は在郷軍人会の主催で、福田は震災当時、戒…
村木源次郎の遺骨は現在、鎌倉の本覚寺にある長芝家の墓にある。本覚寺まではJR鎌倉駅から歩いて10分もかからない。まず、駅でKさんと待ち合わせ、花を買ってSさんと3人で本覚寺に向かった。 本覚寺の歴史は非常に古い。源頼朝が鎌倉幕府を開く際に、幕…
私が敬愛する山川菊栄の「おんな二代の記」には、時々村木源次郎が登場する。例えば1916年、結核の療養のために菊栄が東京を離れた時のことだ。 「鎌倉へ移ったのは大みそかの日で、駅につくと、あらい紺がすりの筒袖の着物の、短い裾から長いスネを出した大…
東京に1泊して翌日、JR阿佐ヶ谷駅で知人と待ち合わせて鎌倉に向かった。待ち合わせたのは2月に福岡を訪ねてこられ、伊藤野枝の故郷・今宿をご案内したSさんだ。鎌倉ではSさんと共通の知り合いであるKさんに、村木源次郎の墓に案内していただくことと…
4月上旬、久しぶりに東京を訪問した。といっても、今回のメインの訪問先は鎌倉である。鎌倉にある村木源次郎の墓を訪ねるのだ。 村木は大杉栄、伊藤野枝の同志で二人の家に居候し、家事や育児をして活動を支えた人物である。あだ名は「ご隠居」。自身は肺結…
伊藤野枝の死からちょうど1ヶ月後の1923年10月16日、親族によって故郷の今宿で葬儀が行われた。右翼団体や在郷軍人会の反対にあい、警察が警備する中での物々しい葬儀だった。今宿松原の共同墓地に墓標が建てられるが、引っこ抜かれるなどの嫌がらせを受け…