旅と映画

行ったところと観た映画の個人的な記録

明治大正テロリズムの残滓を訪ねる3.[平田篤胤と天狗小僧]

 東京駅で浜口雄幸遭難現場を訪ねたら、御茶ノ水駅で下車。本郷が目的地なのに、御茶ノ水で降りたのには理由がある。湯島聖堂を横目に神田明神を横切り、さらに歩いて湯島天神へ。湯島天神男坂(天神石坂)下に、国学者平田篤胤が住んでいたのだ。

 

  

 

  篤胤が住んでいたのは、江戸の町で「天狗にさらわれた」と自称する少年のことが話題になっていた時期で、1820(文政3)年頃。篤胤はこの天狗小僧・寅吉を自宅に引き取り、天狗や仙人が住む異郷のことをあれこれと聴き取り、本にまとめた。それが「仙境異聞」である。

 天狗小僧に関しては、篤胤の知人が「非常に賢い子どもであるから、あちらこちらを徘徊する中で聞きかじったことを、さも自分の体験談のように語っているのだろう」「かんの強い子どもは目に見えないはずのものを見たり、先のことを言い当てたりすることがある」と言って、篤胤を諭している。寅吉は天狗にさらわれたのではなく、人に聞いたことを天狗に習ったと言っているだけだというのだ。この知人の言う通りだろう。とはいえ、篤胤が天狗小僧から聞き取った内容はなかなかに面白い。河童やノブスマといった妖怪のことから死後の魂の行方、時間の流れ方、果ては月と太陽など天文学的なことまで天狗小僧は話している。単なるオカルトではなく、ここには篤胤の知的探求心が反映されている。

 ところで、この日は10月らしからぬ残暑の非常に厳しい日で、本郷に着く頃にはすっかりバテてしまった。そこで、中華料理屋でビールを飲んで一休み。ところが、この中華屋の道路を挟んだ向かいが次の目的地だったのだ。即ち、和田久太郎と村木源次郎が虐殺された大杉栄らの仇を討つため、陸軍大将・福田雅太郎を暗殺しようとした菊坂の燕楽軒跡である。

 

[参考文献]

平田篤胤著・今井秀和訳・解説「天狗にさらわれた少年 抄訳仙境異聞」(角川ソフィア文庫