旅と映画

行ったところと観た映画の個人的な記録

大逆事件と関西4.[東洋初のロボット・学天則]

 ロボットが好きである。どれくらい好きかというと、福岡には「ロボスクエア」というロボットの科学館があるが、昔はクリスマスシーズンになると、ロボットによるクリスマスショーが行われていた。それを毎年見に行っていたくらいには好きだ。ソフトバンクのショップの前なども素通りできない。店内にソフトバンクが開発したロボット、ペッパーがいるからだ。
 私がそのようにロボットが好きなのには、学天則の影響が大きいように思う。
 学天則とは、大阪毎日新聞社論説委員学芸部顧問を務めていた西村真琴が、1928年に製作した人造人間のことである。東洋初のロボットといわれている。そのレプリカが大阪市立科学館に展示されているので、見に行ってきた。

 

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 学天則の身の丈は約3.5メートル。台座には「學(学)天則」という文字、その上に太陽と3本足のカラスが彫られている。学天則とは、「天の法則に学ぶ」の意味であり、太陽と3本足のカラスは生命エネルギーを象徴している。
 現在、大阪市立科学館に展示されている学天則は、感染症対策(人だかりができるのを避ける)のために動かないが、以前は1時間に一度、稼働していた。残念ながら、私が見に行った時も動かなかったので、以下は文献による。
 学天則が右手に持っているのはかぶら矢、左手に持っているのは「霊感灯」という杖だ。この霊感灯がピカッとひらめくと学天則が目を開き、天をあおいで微笑んだのち、かぶら矢で文字を書いたり、何か思索をめぐらすように顔をゆっくりと左右に振ったりする。その動きがあまりに自然でなめらかなので、博覧会などで公開された時は見ている人もつられて顔を振ったという。
 学天則の動きがそのようになめらかなのは、彼がバネや歯車ではなく、空気圧によって動くからである。製作者の西村は、もとは北海道帝国大学などに勤務する生物学者であり、「温かい血と息の通う生物」の再現を目指していた。血管の代わりにゴム管を張りめぐらせ、調節可能な空気を送り込むことによって学天則は笑ったり、ほおをふくらませたり、ゆっくりと手を動かしたりすることができた。つまり「呼吸」をしていたのである。
 西村はこの人造人間に来たるべき科学の世紀と、世界平和や人類の友好などの夢を託した。このため、学天則の顔は特定のモデルを持たず、様々な人種、民族を融合した容貌になっている。額から目にかけてはヨーロッパ人、唇と鼻はアフリカ人、額と耳はアジア人。眉間の赤い点はインド人を象徴しており、髪型はネイティブアメリカンの羽飾りを模した。残っている写真を見ると、柔和で理知的なよい顔だ。大阪市立科学館のレプリカも、思慮深い顔つきをしている。

 

学天則の左側に写っているのが、製作者の西村真琴博士

警備員と比べると、学天則の巨大さがわかるのではないだろうか

 学天則を一躍有名にしたのは、荒俣宏の伝奇小説「帝都物語」だろう。明治末年から昭和73年という架空の未来を舞台にしたこの長編小説には、幸田露伴寺田寅彦泉鏡花渋沢栄一北一輝三島由紀夫といった実在の人物、関東大震災二・二六事件といった実際に起きた出来事が多数登場する。この第3巻と第4巻に、西村真琴学天則が出てくるのだ。1988年には実相寺昭雄監督により映画化されており、西村真琴を演じているのは、実子である西村晃だ。私は子どもの頃に映画を観て、原作も読み学天則を知った。
 2000年の怨念を受け継ぐダークヒーロー・加藤保憲が、震災を起こして帝都東京を破壊することをもくろみ、東京を守護する平将門の怨霊と対決するという一見荒唐無稽なストーリーであるが、書いているのが博覧強記で知られる荒俣宏なので、とにかく滅法面白い。子どもの頃に読んでも面白かったが、大人になってから読むとさらに面白い。一度、「帝都物語」に登場した場所を訪ねるというツアーを組んでみてもいいかも知れない。

 

[参考文献]
荒俣宏「大東亜科學綺譚」(ちくま文庫
荒俣宏帝都物語 3 大震災篇」(角川文庫)
荒俣宏帝都物語 4 龍動篇」(角川文庫)